2009年12月31日

法則

「お休み宣言をした途端に書くネタが見つかる」の法則により
閻魔帳にて新シリーズを始めてみることにした。

「せんせい、あのね」シリーズ。

部屋の大掃除で発掘された、梅子小学一年生の時の毎日の課題。
担任のうら若き女の先生が、2学期半ばから始められた一枚のプリントだ。
約2ヶ月、毎日続いたのは、こういうもの。

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タイトルは「まいにち チャレンジ」
最初の「にっきコーナー」は必ず「せんせい、あのね」で始まる。

そして「かんじのれんしゅう」「おんどくコーナー」「けいさんコーナー」があり
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最後に「おうちの人から」ひとこと。
14-3.jpg

これのおかげで毎日必ず30分ほど机に向かい、一日を振り返り、文章を書き、
漢字を確認して計算トレーニングする習慣がついた。
今思い返しても、秀逸な課題だったと思う。

日記コーナーはたまーに面白いことがあるくらいで、日々誰それと遊んだの
どこそこへ行ったので埋められているけれど。

ちょっとまあ、振り返ってみます。

「せんせい、あのね」シリーズは、ここからスタート♪ ←クリック
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2009年06月20日

せんせい、あのね  10月31日金曜日

きょうは1くみのRちゃんと、Hちゃんとわたしであそんだよ。
こうていかいほうであそんでたけど、とちゅうでHちゃんちであそんだよ。
水よう日はEちゃんとおんなじようふくをきてくるから、
たのしみにまっててね。


(梅母から)
梅ちゃんはEちゃんとおなじようふくをなんまいかもっているね。
おともだちとおそろいは、たのしいね。
ママはがくげいかいがまちどおしいです。
むずかしいやくだけど、がんばってれんしゅうしてね。


(先生から)
Eちゃんとおなじようふくをもっているんだね。
たのしみにしています。

(先生から梅母へ)
私も待ち遠しいです。梅ちゃんにぴったり!の役だと思います。
本人もはりきっています。


(6年後の梅母)
学芸会の演目は『おたまじゃくしの101ちゃん』。
梅子は101匹のおたまじゃくしたちのお母さん(=カエル)の役をGETして
それはそれは張り切っていた。
おたまじゃくし役なら衣装は真っ黒な服で済むけれど、
カエルのお母さんぽい緑色の服を探すのにホネが折れたのを憶えている。(笑)
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2009年06月19日

せんせい、あのね  10月30日木曜日

きょうはじどうかんでEちゃんとけんかをしてしまいました。
でも「ごめんね」をいわないでかえってきてしまいました。
でも、二人ともでんわで「ごめんね」をいいあいました。
でも、わたしたちのためにこういうことばがあります。
それは「けんかをするほど、なかがいい」です。
それは、わたしたちにんげんにとって、げんきになることばだとおもいます。

(梅母から)
なかなおりできてよかったね。
Eちゃんも梅ちゃんも、すなおに「ごめんね」がいえて、とってもすてきです。
ママと梅ちゃんもホントはなかよしなのに、よくけんかするわよね。
げんきになることばを、たくさんみつけてみましょうね。


(先生から)
なかなおりして、えらかったね。
さいごのことば「にんげんにとってげんきになることば」に、かんどうしました。
そのとおりだね。


(6年後の梅母)
「でも」を3回も連続で使っているのか。
「それは」は2回なのか。
一年生はほかに接続語を知らないのか。
「にんげんにとって」とはまた、風呂敷を拡げすぎではないのか。
せっかく「あそんでたのしかったです」以外の内容で日記が書けても、文章力がこれでは。。。たらーっ(汗)
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2009年06月18日

せんせい、あのね  10月29日水曜日

きょうは、ひかりがおかこうえんへいったね。
どんぐりがいっぱいあったところでは、ひろいました。
でも、そこではゲジゲジのたいぐんに、おそわれました。
それからもうひとつ。
きょうはおうちにおともだちがきて、二人であそびます。
ひさしぶりなので、とってもうれしいです。
「きょうはなにをしてあそぼうかな・・・」
それは二人でかんがえます。
おともだちのなまえはJちゃんです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
きょうはJちゃんとおうちごっこをしました。
わたしはひっこすときだけおねえちゃんになって、
おうちでくらすときはハムスターなのでコロコロコロコロかわるから
あたまがこんらんしてしまいます。
そうだそうだ、かえるときJちゃんのいもうとのEちゃんは
わたしのおうちにとまりたいといって、なきながら大さわぎ!!
わたしとママは「うるさかったね〜」といいながら
マンションのおへやまでもどってきました。


(梅母から)
きょうはたのしいことがたくさんあったから、にっきも
いっぱいかいてえらかったわね。
でも、うらと2まいめは、かくほうこうがはんたいです。
じをたてにかくときは右から左へむかってかきましょう。
ママがここにかいているように、じをよこがきにするときは
左から右にかきます。おぼえてね。


(先生から)
きょうは、天きもよかったし、さいこうだったね。
ゲジゲジにはびっくりしたね。


(6年後の梅母)
この日一緒に遊んだのは、児童館時代からの仲良しだったお友達。
幼稚園も小学校も違うので、ゆっくり遊べるのは年に数回しかない。
なのに、会えばあたかも「昨日の遊びの続き」のごとく遊び始める姿が微笑ましかった。

「遊ぶ前に宿題を済ませる」という約束を守って、遊ぶ前に“にっきコーナー”で
光が丘公園(校外学習)のことを書いたのだけれど、どうしてもJちゃんと
遊べたことも書きたかった梅子。
プリントの裏だけでは足りずに、別の紙をもう一枚使って延々と書き綴った。(笑)
29-1.jpg 29-2.jpg

左から右に向かって逆方向に縦書きをしているのは、ご愛敬?
いやいや!!
だって「にっきコーナー」では右から左へと書くようになっているではないか!
ちったぁ頭使えむかっ(怒り)

児童館時代に仲の良かった4人組は、見事に幼稚園・小学校・中学校とバラバラ。
それでもいまだに仲がいい。
二足歩行を始める前からの友達を持つ梅子が、梅母はちょっと羨ましい。
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2009年06月17日

せんせい、あのね  10月28日火曜日

きょうは、じどうかんでNちゃんと1くみのAちゃんと
おうちごっこであそびました。
とちゅうでAちゃんはやめちゃったけど、二人でできました。


(梅母から)
どんなおうちができたのかな?
おうちのなかでなにをしてあそんだのかな?
さいきん梅ちゃんは、じぶんのつくえのうえやまわりがきたないので
きちんとおかたづけしましょう。


(先生から)
空白ーーこの日は提出し忘れたらしく、漢字や計算練習の欄にも
チェックが入っていない。

(6年後の梅母)
机の上がきたないのは当時からだったか!
desk 3-16.jpg  ←懐かしの参考画像(4年生時)
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2009年06月16日

せんせい、あのね  10月25日土曜日

きょうは、ダンスにいきました。
そこでは、ゆかにチョークでえをかいたり、バレエをおそわったりします。
もちろん、たいそうもします。
5かいれんしゅうしたら、ステージへはいります。


(梅母から)
ダンスのれんしゅうはたのしいね。
とおくまででんしゃにのっていかなくてはならないのでたいへんだけど
よくがんばってえらいですね。
ステージをたのしみにしています。


(先生から)
こんどせんせいにもダンスを見せてね。
れんしゅうがんばってね。

(6年後の梅母)
参加していたのは某劇団のワークショップ。
一時間近くも電車を乗り継ぎ、練習に通っていた。
こどもたちが自由に発想し、のびのびと表現できる
いい試みだったと思う。
大人の劇団員に混じって本公演のステージに立たせてもらったのも
得難い経験になった。(観客として鶴田M由やK平慈英らが来ていた)
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2009年06月15日

せんせい、あのね  10月23日木曜日

学級問題シリーズが終わったので「せんせい、あのね」再開。

きょうは、がっこうのかえりに「くじらぐも」を見つけました。
わたしも「くじらぐも」にのってみたいな・・・とおもいました。
せんせいも「くじらぐも」を見つけたら、おしえてください。


(梅母から)
きょうのゆうがたすごいあめがふったのは、くじらがしおをふいて
おおあばれしたのかな?
ママもたくさんくもを見つけたよ。
「にくまんぐも」「やきいもぐも」「おまんじゅうぐも」
・・・おなかがすいていたのかな?


(先生から)
「くじらぐも」を見つけたの?すごいね。
みんなにも教えてあげようね。


(6年後の梅母)
一年生の国語の教科書に、くじらぐもを題材にした話が載っていたのだと思う。
中学生になった今の梅子は、空を見上げて雲を眺めることがあるだろうか。
彼女の目に、雲は何の形に映っているのだろう。
posted by 梅母 at 11:41| Comment(8) | TrackBack(0) | せんせい あのね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

学級問題の決着〜その3(完)

学級問題の決着〜その1その2の続き。

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しかしながら11月後半の様子を見守る中で、複数体勢導入の効果を確認できつつも、依然としてクラス内の雰囲気は導入前と変わらない部分も多く、さらなる対策を学校側にお聞きする機会もその都度持つように努めました。

補助の先生の役割はあくまで補助であること、教室の中のイニシアチブは担任の先生がとられるべきであり、O先生に子ども達の心を引き寄せてご指導いただかない限りは根本的な改善は望めないということが、校長先生はじめ教育委員会のX先生から数回にわたってお話を伺った中で私たちにも理解できました。

もちろん、学校管理者である校長先生や副校長先生による、O先生に対してのご指導が――これはクラス運営および授業方法に関するものですがーー9月以来さまざまな形で行われてはいましたし、関係各位のご尽力には頭が下がる思いが致しております。
しかしそうしている間にも子ども達は毎日学校に来なければなりません。
多くのことを学ばなければなりません。
いろいろな問題を目にしながら、私たちは充分すぎるほど待ったつもりではおりますけれども、子ども達のかけがえのない日々をこれ以上犠牲にするのはあまりにも忍びない思いでした。

保護者として参観に通うようになった発端は、もちろん我が子のクラスがどうなっているのか、どんな環境の中で学校生活を送っているのかを知りたいところにありました。でも参観を重ねるうち、まだ幼さの残る9歳、10歳の子供の中に垣間見える苦しみに胸が痛んでなりませんでした。
学校で自分のポジションを見失って苛立ちをぶつけずにはいられない姿や、ザワザワとおちつかない教室の中で一日の大半を耐えなければならない、そのストレスを抱える姿を見るというのは、ひとりの親として大変つらいことです。

我が子、よそ様の子の区別なく、子ども達が一日たりとも無駄にすることなく、健全な教室の環境でしかるべく成長して欲しいというのがただひとつの願いです。
そのために学校、教育委員会のお力添えをいただきながら、保護者である私たちもまた一緒に、真剣に考えてゆきたいと思っております。

現時点では(各ご家庭でお子様からお聞き及びのこととは思いますが)、校長先生が授業の大半を行ってくださっています。(どなたか参観された方はいらっしゃいますか?)
これにつきましては、のちほど校長先生のほうからお話が伺えればと思います。

最後に、子ども達の生活の基本となる家庭での生活におきましても、親としての私たちがそれぞれの自覚を持ちつつ努力を怠るべきではないことは言うまでもありません。
その点についても学校と家庭との間に密な連係プレーが出来るような関係が築ければと願っています。

長々と失礼いたしました。
以上を踏まえました上で、今後の展望も含め、皆さまから忌憚のないご意見をいただければ嬉しく思います。
また、こまごまとした具体例は敢えて申し述べませんでしたが、後ほど個別にご質問いただければありのままを事実としてお伝えする用意も出来ております。

人はものではありませんからーー形あるものはひとたび壊れてしまえば元に戻りませんが、壊れても修復が可能なのが人と人との関係だと思います。
子供同士の関係が、先生と子供との関係が、相手への想像力を育み、思いやりの心を育てることで修復され、本来あるべき教室の姿が取り戻されるように願ってやみません。

私たちのご報告は以上です。ありがとうございました。

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結局4年生はザワザワ、ガタガタしたまま一年を閉じた。
たくさんの子ども達が傷つき、多くの親が苦しみ、教師たちが悩んだ。

問題は学校にも、そして家庭にもあった。
家庭の問題には踏み込むことができないのが辛かった。
私は決してあなたの敵ではない。抱えているものを分かち合えれば、
何か少しでも楽になれれば。
そう思っての努力も、問題を起こしている子供の親に受け容れられることはなかった。
お礼は言われても、心は開いてもらえなかった。

今にして思えば、そんな梅母はただ傲慢だったのだろう。
自分に何らかの解決能力があるように勘違いし、思い上がっているように映ったのだろう。

だからひたすらに学校にアプローチするしかなかった。
学校に足を運び、校長や担任や教育委員たちと話をしていた私たちは
他の一部の保護者からはこう見られていることを知っていた。

「なにあれ。必要以上に騒ぎ立てて、かえって問題を大きくしているだけじゃない」
「どこの子にだって、どこのクラスにだって、よくあることなのに大袈裟な」
「親が学校に来て見張ってちゃ、子ども達だってますます暗くなって悪影響」

そういう保護者が参観に来ることはまずなかった。
それが悔しかった。
私たちを何と言おうがかまわないが、現実をまず見てほしかった。


学年が改まり、クラス替えが行われ、担任が新しくなった。
5年生の最初のうちこそ不穏な空気はくすぶり続けていたが、やがて少しずつ
クラスの雰囲気が変化していくのがわかった。
担任は毅然としていた。子ども達は再び教師に信頼を寄せるようになった。

もちろん、小競り合いもあった。ときには取っ組み合いもしていた。
しかしそれらの諍いは「普通の小学生の風景」になっていた。

梅子のクラスを2年間受け持った男性教諭は、最後の最後、
謝恩会の席で乾杯の音頭を求められて口を開いた。

「いや〜、はっきり言わせてもらいますけど、この学年には本当に苦労させられました!」

保護者会の席で「このクラスはすごく元気がいいです」と話すときに、
「元気がいい」に彼が込めていた伝えきれないニュアンスが明言化された瞬間だった。(笑)

苛められていたNくんの母親が梅母のところに来て泣いた。
「梅母さんにはどんなにお礼を言っても足りない。あなたのおかげで卒業できた」

梅母も泣いた。
「私はNさんのためにしたんじゃない。Nくんがいじめられているということに
私自身が我慢できなかったのよ」

子ども達は卒業前に担任に手紙を渡したそうだ。小学校の思い出を綴って。
卒業式前夜、問題を起こしていたK君の手紙を読んで、担任はひとりで泣いたという。
「雪が降った日、先生が外で雪遊びをさせてくれたのが楽しくて思い出に残っています。
ぼくはその日から雪が好きになりました。そして学校が楽しいところだと思うように
なりました」
いいオッサンの担任が手で顔をおおって嗚咽したという告白は、母達のもらい泣きを誘った。
心地よい涙だった。

子ども達はこの春、揃って中学生になった。
買い物帰りに道ばたで会うかつての悪ガキどもは、笑顔で手を振ってくれる。
「部活なに入ったの?そう、頑張ってね。気をつけて帰りなさいよ〜」

“学校にしょちゅう来ているうるさいお母さん”であった梅母は
“うるさい地域のおばさん”になった。

彼らはこれからもさまざまな問題に直面しながら成長していくだろう。
大人の手の届かない場所で悩み、傷つき、傷つけて、大人に近づいていくだろう。
大きな壁にぶちあたって、越えられることもあれば逃げ出すこともあるだろう。
真っ直ぐに進むこともあれば、曲がりくねって迷うことも、袋小路に入り込むこともあるだろう。
どれもが真っ当だと、おばさんは思う。
これからも彼らのことが気になってしまうおせっかいな梅母だから、
どこまでも、ちょっと離れた場所から見ていくだろう。

いつの日か、大きな買い物袋を重そうに提げてヨタヨタ歩く白髪姿の梅母から
さりげなく荷物を引き受けて一緒に横断歩道を渡る青年になってくれよと願いながら。
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2009年06月13日

学級問題の決着〜その2

学級問題の決着〜その1の続きです。

********************************

10月28日に緊急保護者会が招集され、校長先生、副校長先生も同席の上での話し合いが持たれたことは皆さまご承知の通りです。
あの会の最後で、O先生から「私には無理です」とのご発言がありました。
担任がご自分で「無理」とおっしゃっているならば、子ども達をお預けしている以上は早急に学級補助員導入などの対策を講じていただきたいとの要望を、その保護者会の場で学校側にお伝えいたしました。

保護者会の行われた28日が土曜日で、翌29日が日曜、そして30日の月曜が振り替え休日となりましたため、11月1日の火曜日に校長先生が教育委員会に連絡をとってくださり、早速豊島区の教育委員会から視察がいらっしゃったことを、私たちは知りました。

4年1組が荒れている現象のひとつとしていじめ問題も持ち上がっていたことは緊急保護者会でも話題に出ましたが、あいにく当事者のN君がこの時期学校をお休みしていましたので、せっかく視察にいらしてもその実態がご覧いただけないのではクラスの全体像をお伝えしきれないと判断し、N君のお母さんから直接、教育委員会にその部分をお話ししたい旨を校長先生にご相談した上で、その日の午後、教育委員会に出向きました。
教育委員会のX先生、Y先生にはその場で実情をご説明申し上げて、早急に何らかの措置を取っていただきたいとお願いして参りました。

その日以来現在に至るまでの約一ヶ月半、教育委員会からは毎日視察にいらしていただき、学校及びクラスの問題点の指摘と、改善のためのご指導があったとお聞きしています。

さらに11月13日からボランティアのST先生が教室に入ってくださり、
加えて翌14日からは区から派遣された学級補助員としてTT先生がいらしゃることで教室の体勢が整い、16日にはN君が教室に戻ってきました。
いじめ問題がクローズアップされた社会の風潮と相俟って、この対応の早さは異例のものだったと思います。
担任のO先生、TT先生、ST先生の3名に加え、教育委員会のX先生、校長先生、副校長先生、空き時間の他のクラスの先生など、児童23名の教室にたくさんの指導者がいてくださることで、当初は教室の中に秩序回復の兆しもみえてきたように見受けられました。


その3(最終章)へと続く・・・
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2009年06月12日

学級問題の決着〜その1

閻魔帳のカテゴリのひとつ、「学級問題」
梅子が4年生の時に持ち上がり、梅母は否応なくその波に呑み込まれた。
不愉快な目にも遭い、無力感に苛まれ、悲しい思いも味わってきた。
経過を閻魔帳に書きつづっておきながら、このブログの中で最終報告をしていなかったことがずっと気に掛かっていた。

「せんせい、あのね」と共に、大掃除で発掘された数枚の紙。
そこに4年生2学期最後の保護者会で話すための草稿があった。
2006年12月13日。

今さらではあるが騒動の報告のひとつの形として、ここに載せることで決着しようと思う。

********************************

保護者会に先立ちまして、少々お時間を頂きました。
9月に行われた2学期最初の保護者会の内容を受けて、これまでに保護者サイドとして行ってきた活動のアウトラインを皆さまにお知らせいたしたく思います。

ご報告の趣旨としては、4年1組において保護者の立場から見てきたこと、校長先生をはじめとした学校サイドのお話を伺ってきたこと等を同じ保護者の皆さまにお伝えすべきではないかと考えたからです。

皆さまご存知の通り、二学期最初の保護者会で担任のO先生から「今、教室が荒れている。教師の力だけではカバーできないので、保護者が教室で子ども達を見守って欲しい」との要請を戴きました。もちろんお仕事やご家庭の事情などで、なかなかそれを行うのが難しいお立場の方も多いかと思います。ただやはり「見てはじめてわかること」「見なければわからないこと」「見てもなおわからないこと」があるのではないでしょうか。
教室の状況を実際にご覧になる機会が少なかった方に、その一端でもお伝えしたいと思っております。
私のご報告の中で「私たち」という表現をつかわせていただくことがございますが、それは主にODさん、OTさん、KKさん、そして私梅母を指すとお考えください。

順を追ってご説明いたします。

9月の保護者会以降、私たちは出来る限り時間を作って学級参観を行いました。その結果、4年1組の状況にかなりの危機感を覚えました。学級崩壊“するのではないか”ではなくて、既に学級崩壊“している”、そのことを目の当たりにして、正直ショックでした。(「学級崩壊」の定義および、4年1組がどう当てはまったかについては、のちほどKKさんからお話ししていただきたいと思います)

参観開始から約二週間後の9月25日、私たちは校長先生にお目にかかってお話を伺いました。お訊きしたのは3点。学校責任者としての校長先生が4年1組の状況についてどのような認識をお持ちか、その原因はどこにあるとお考えか、さらに解決のためにどういった具体的対策案を持っていらっしゃるか、でした。
この時点で、4年1組の異変について学校側の認識は、私たちとほぼ一致していることが確認できました。その原因についてはあくまで学校側の指導に問題があるという、校長先生の見解もお聞きしました。その上で9月末の運動会終了後に、校長先生や副校長先生を含む、他の先生方が4年1組に入って複数指導体制を取ってくださるという解決プランを示していただきました。

運動会終了後も時間を作っては参観を心がけて参りました。お約束どおり担任以外の先生方が入ってくださっていましたが、クラスの様子は日によって波がありますので、果たして良い方向に向かっているのかどうか判断がつきかねて一喜一憂の期間でした。
教室の中で起きている小競り合いやトラブルは、あるいは私たちも子供時代に経験したような、どの子にも、どのクラスにもありがちなことのような気もしましたが、見ている限りではあまりにもその数が多すぎるという印象を受けました。
授業中自分の席に座らずに、離れた友達の席まで移動して遊んでいる、床に寝そべる、先生の声を遮るという状況ではほとんど授業らしい授業が成り立たず、教室の授業風景としては明らかに異常だったと思います。

国語や算数の授業が急遽総合や道徳に変更となり、クラスでの話し合いや、校長先生、副校長先生、O先生のお話を聞く、ということが増えてきたのもこの時期だったと思います。そして、教室内での子ども達の表情がとても暗いのが気になって仕方がない時期でもありました。

「その2」へと続く・・・
posted by 梅母 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 学級問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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